相馬市の「井戸端長屋」が高齢者を孤立から救う

 慣れ親しんだ地元で生きていきたい。そう願う人は多いでしょう。高齢の方はなおさらです。しかし、東日本大震災の被災地では、避難と若年人口の流出により、多くの高齢者が故郷に住み続けることが困難となりました。家族と離れ、孤立した高齢者もたくさんいました。そうした人たちにとって、故郷で幸せな生活を送る希望となったのが、相馬市の取り組み「井戸端長屋」プロジェクトです。今回は、この「井戸端長屋」について紹介したいと思います。

被災高齢者の居場所、「井戸端長屋」

 東日本大震災で地震、津波、原子力災害に見舞われた地域では、長引く避難生活が高齢者の孤立を助長し健康に悪影響をもたらしました。被災地域では慢性疾患を持つ住民が増え、介護認定を受ける人も増えました。多くの高齢者、特に支えてくれる家族のいない高齢者は元の家に住み続けることが難しくなり、生活の再建に大きな困難を抱えました。被災地域では、孤立した高齢者にとってどのような生活環境が良いのか探ることが、現在に至るまで根強い課題となっています。

 東日本大震災で被災した相馬市は、震災前の2010年時点で、高齢化率(65歳以上の割合)が25.3 %と高い地域でした。地震とそれに続く津波により、486人が死亡し、2,000人以上が仮設住宅に避難しました。家族の支援を受けることが困難だった高齢者や、避難によって身体機能が低下した高齢者は、住み慣れた地域にとどまり生活を続けることを希望しました。彼らは仮設住宅に住んでいましたが、地域や家族の支援を得ることが難しく、長期的な生活は困難でした。

 そんな彼らの受け皿を作るべく、相馬市が行った取り組みが「井戸端長屋」の設立です。ここでの「長屋」という用語は、薄い壁で区切られた個室、共用の井戸、トイレ、路地を備えた日本の江戸時代の町家に由来しています。「井戸端」とは、人々がおしゃべりをしたり、互いに助け合ったりする共用の井戸の周りの空間を指します。この「井戸端長屋」(以降「長屋」)は日常的な社会的交流の拠点として設計された災害公営住宅であり、自立した高齢者が介護不要で生活できる期間を延ばすことを目指し、健康状態が悪化しても住み続けられるようなコミュニティを育成することをコンセプトとしています。「長屋」では、住民が集まって食事をしたり、集団体操に参加したりできる機会があります。また、お互いの健康状態を確認したりと、住民同士で自発的に交流できるような環境となるよう工夫がなされています。「長屋」の取り組みは今後の災害後における高齢者の住宅問題の改善につながると考え、「長屋」での生活が居住者にもたらす影響を調べました。

 「長屋」への入居の条件は、身の回りのことを自分自身でできることと、震災の影響で他の場所に住み続けられないことです。「長屋」は2012年5月からの1年間で5棟が完成し、58個の居住スペースが作られました。「長屋」は高齢者が自立して共同生活を送ることを前提に設計されています。設備は、和洋室2部屋、ダイニングキッチン、風呂が各部屋に備わっており、共用の洗濯機とレクリエーションスペースがあります。昼食は毎日弁当が配達されます。近隣の商業施設までバスで定期的に送迎があり、それを利用して買い物もできます。市の保健師による住人の健康チェックが1か月に1度行われます。また、市役所建築課から委託を受けた契約管理人によって、定期的な家屋設備の状態確認が行われます。さらに、各棟の住人から代表者を選び、住人同士によって健康状態の確認や各施設の確認を行うといった運営がなされています。

 「井戸端長屋」は2012年の開始後、65人が入居しており、このうち30人(46.2 %)が2022年12月まで居住を続け、21人(32.3 %)が居住中に天寿を全うされ、14人(21.5 %)が転居しました。入居者の入居時年齢は10代から90歳以上と幅広く、平均年齢は76.2歳でした。また、80歳以上が50 %以上を占めていました。日本では日常生活で介護(介助)を必要とする度合いに基づき介護認定が行われ、基本的な日常生活に介助を必要とする人は要介護、基本的な日常生活は自力でできても一部動作に介助が必要な人は要支援とされます。観察期間中に65歳以上となった62人のうち、入居時に要支援・要介護認定がなかったのは40人、要支援は10人、要介護は12人でした。「長屋」は当初、自立した高齢者をターゲットとして設立されましたが、結果的に軽度の要介護者も入居しました。入居者の年齢や自立度にはばらつきがあり、多様な高齢者に対応することの重要性が浮き彫りになりました。「長屋」における要介護者の発生率は、日本で介護サービスを必要とする人々を対象とした研究で報告されているものと同等か、それより低いくらいでした。今回の研究では80歳以上の高齢者が多かったことを考えると、「長屋」入居者の健康維持は良好だったと言えるでしょう。また、興味深いことに、今回の研究では要介護・要支援度が改善した入居者が3人見られました。「長屋」は専門家が常に見守っている老人ホームとは異なり、入居者同士が交流し、支えあう環境であることが特徴です。そのような環境が入居者の自立性を保ち、要介護度の軽減に至った可能性があります。入居期間は平均6.39年で、超高齢者や介護認定を受けた人を含む多くの高齢者が、長期にわたって「長屋」に住み続けることができていました。震災後、要介護度の高い人や一人暮らしの人は、生活環境の変化から健康に悪い影響を受けることがこれまでの研究で示唆されています。「長屋」での共同生活は、こうした悪影響から入居者を守った側面もあるのかもしれません。一方、病気が悪化して1年以内に退所した人が5人おり、病気が悪化するリスクの高い人は、「長屋」のような生活よりも専門的なケアが必要と考えられます。

 この調査からわかったこととして、「長屋」は幅広い年齢層、介護度の高齢者を受け入れることができ、入居期間も長かったと言えます。「長屋」のような共同住宅は、被災地の様々なケアニーズを持つ高齢者に適した住まいとなりえるでしょう。この研究で得られた知見は、今後起こりうる災害にも応用できると考えられます。また、災害の有無にかかわらず、高齢化が進んだ地域における、高齢者の孤立問題の改善にも貢献できるかもしれません。

Abe T, Saito H, Moriyama N, Ito N, Takita M, Kinoshita Y, Ozaki A, Nishikawa Y, Yamamoto C, Zhao T, Sato M and Tsubokura M (2023). Idobata-Nagaya: a community housing solution for socially isolated older adults following the great East Japan earthquake. Front. Public Health 11:1289552.doi: 10.3389/fpubh.2023.1289552

認知症の方の自立

 「長屋」では、他の住人や管理人、ボランティアなど、様々な人との交流があり、居住者はそうした人々から支援を受けることができます。「長屋」のこのような環境が、認知症の方の自立した生活を可能にしたと思われる事例もあります。入居者のひとり、80代の女性のケースを見てみましょう。彼女は震災後、自宅から避難し、仮設住宅に2回移り、2014年1月に「長屋」に入居しました。「長屋」の介護チームと他の住人は、彼女の行動に軽度の認知症の症状があることに気づきました。彼女は同じ言葉やフレーズを繰り返し、部屋には飲み忘れた薬が山積みになっています。そのせいで持病の高血圧は悪化傾向です。入浴回数が減り、食品を買ったことを忘れて何度も買い物し、賞味期限切れの食品が部屋にたまっていました。2017年1月、彼女は医師からの勧めで介護サービスを受け始めました。その結果、彼女は清潔な部屋で、入浴と調理の介助を受けながら生活できるようになりました。

 彼女はほとんどの時間を「長屋」で過ごしました。月に数回行われるお茶会や健康相談会などの地域のイベントにも参加し、他の住人との交流を楽しみました。彼女は優しい性格で、住人と素敵な付き合いをしていると言っていました。彼女の隣人は、食料品の買い物や郵便物の受け取り、部屋の温度調整を手伝ってくれます。隣人は親しい友人であり、朝一緒にお茶を飲みながら一緒に新聞を読んだり、彼女の毛布がきちんとかけられているか確認をしてくれたりするそうです。彼女は快適で幸せに暮らしており、認知レベルと能力は安定しています。毎日1時間の介助と毎月の家族の訪問を受けながら、彼女は故郷の「長屋」で自立した生活を送っているのです。

 高齢者向けの介護施設は高い費用がかかるものが多くありますが、「長屋」は公的資金で運営されているため、よりお手頃に利用できます。入居者同士の助け合いや外部からの支援などにより、高齢者の公的な介護サービスの必要性は最小限に抑えられ、介護費用を削減できる可能性もあります。

Ito N, Kinoshita Y, Morita T, Fujioka S, Tsubokura M. Older adult living independently in a public rowhouse project after the 2011 Fukushima earthquake: A case report. Clin Case Rep. 2022 Jan 11;10(1):e05271.doi: https://doi.org/10.1002/ccr3.5271 PMID: 35035963; PMCID: PMC8752451.

PTSDの改善

 災害で心に傷を負った人々にとって、「長屋」での生活は心理的な支援となりえます。一例として、東日本大震災の後、PTSDと診断され、「長屋」での生活によりPTSD症状が改善したと考えられる80歳の女性のケースをご紹介します。

 彼女が暮らしていた村は津波による被害が深刻で、彼女の兄姉を含む14人の親戚が亡くなりました。彼女自身は自分で車を運転し津波から逃れることができました。彼女は姉の遺体を探し続け、震災から40日後に遺体を発見しました。また、身元確認のために警察から10人以上の遺体の視察を要請されました。倒壊した古い家で一人暮らしをしていた彼女は、仮設住宅に一旦移ったあと、2013年に「長屋」に入居しました。「長屋」では住人全員が津波を経験しており、毎日お昼には津波の記憶を語り合い、他の人の話に熱心に耳を傾けていました。週に2回はパーティが開かれ、週に1回はダンス教室があり、看護師や医師が毎月訪問していました。「長屋」には親戚も古い友人もいませんでしたが、彼女はそこでの生活にとても満足していました。

2016年の秋、彼女は「長屋」に居住していた認知症の方とのトラブルを経験し、それから物忘れの症状が始まりました。彼女は自分も認知症なのではと思い、クリニックを受診しました。しかし、彼女の「物忘れ」は認知症によるものではなく、PTSDの解離性症状と判断され、治療が始まりました。クリニックでの治療は短期間であったにも関わらず、彼女の症状は劇的に改善しました。「長屋」の環境が、他の生存者や支援者とのつながりの構築と孤立防止に役立ち、彼女のメンタルヘルスに良い影響を及ぼしたと考えられます。他の生存者と津波の記憶を語り合うことで、トラウマ的な記憶への慣れや認知的処理が進み、回復に貢献したのかもしれません。

Hori A, Morita T, Yoshida I, Tsubokura M. Enhancement of PTSD treatment through social support in Idobata-Nagaya community housing after Fukushima’s triple disaster. BMJ Case Rep. 2018 Jun 19;2018:bcr2018224935. doi: https://doi.org/10.1136/bcr-2018-224935 PMID: 29925557; PMCID: PMC6011534.

まとめ

 「井戸端長屋」は、被災した高齢者たちに、住み慣れた故郷で支えあいながら、家族の世話にならずに自立した生活を送るという選択肢を示しました。この取り組みは、今後災害時に応用できるだけでなく、少子高齢化が進む日本で高齢者の孤立化問題の解決に貢献する可能性があります。このような取り組みが各地で進み、少しでも多くの高齢者が自立した幸せな老後を過ごせることを願います。

謝辞

「井戸端長屋」プロジェクトに尽力されている方々に深く尊敬の意を表します。また、研究にご協力いただいた方々に厚く御礼申し上げます。

作成者:松本智紘

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