東日本大震災における災害関連死の実態
災害による死亡には、災害の直接的な影響によるものと、間接的な影響によるものの2種類があります。前者は、地震、津波、放射線被ばくなどの災害による、直接的な身体的影響によって引き起こされます。それに対し後者は、災害に伴う緊急避難、移転、避難環境、医療ケアの不足、精神的影響など、二次的な健康影響によって引き起こされるものです。日本では、後者のほうを「災害関連死」と呼びます。
日本において災害関連死は、内閣府により次のように定められています。「災害弔慰金の支給に関する法律(昭和48年法律第82号)(実質的には災害弔慰金)に基づき、災害により負傷した者が悪化し、または避難所等での生活による身体的負担により疾病に罹患し、災害に起因すると認められたことにより死亡した者(支給されていない者を含むが、当該災害により所在が不明となっている者を除く)」。日本の災害弔慰金は、1967年の羽越大雨災害を契機として、災害で亡くなった方の遺族を救済するために創設された制度です。1995年の阪神・淡路大震災から、「災害関連死」という概念が導入され、過労や環境悪化による病死なども災害弔慰金の対象として認められるようになりました。
2011年3月に発生した東日本大震災では、災害関連死が大きな問題となりました。この災害は、東北地方の太平洋沿岸沖を震源とするマグニチュード9.0の地震によって引き起こされ、大規模な津波被害と福島第一原子力発電所の爆発を引き起こしました(以下、福島第一原発事故とします)。福島第一原発事故により、放射性物質が大気中に放出され、周辺地域の住民は避難を余儀なくされました。放射線災害による健康影響は放射線だけに限らず、さまざまな要因が関係しており、避難の結果として災害関連死も発生しています。
この研究では、福島第一原発事故の影響を大きく受けた福島県における、災害関連死の実態を明らかにするため、2011年3月から2021年7月までに日本政府と地方自治体が公表した災害関連死について調査を行いました。東日本大震災における災害関連死のデータは、遺族が自治体に申請し、災害関連死として認定され弔慰金が支給された事例を用いています。そのため、災害による間接的な影響で亡くなったケースであっても、遺族からの申請がない場合や、災害関連死であることが証明できず認定されなかった場合については、災害関連死のデータには含まれません。
調査したところ、東日本大震災による死者総数は19,617人で、そのうち災害関連死は3,691人でした。東北地方の岩手県、宮城県、福島県のうち、震災による死者における災害関連死の割合が最も高かったのは福島県で、59.1 %でした。災害関連死に占める高齢者の割合は、福島県が他の2県に比べて高いことがわかりました。発災後6ヶ月間の災害関連死累計数は、福島県1,041人、岩手県400人、宮城県929人であり、9年後の累計は、福島県2,313人、岩手県469人、宮城県929人でした。発災後6か月から9年までの災害関連死の増加率は、福島県は55.0 %、岩手県14.7 %、宮城県5.8 %であり、福島県で大きく増加していることが明らかになりました。福島県の災害関連死者数が多く、震災後の長期的な災害関連死者数の推移が他の2県と大きく異なる理由は、福島県は福島第一原発事故による影響を強く受け、長期間の避難を余儀なくされた住民が多いからと考えられます。福島県からの報告では、震災後1年以内の災害関連死の原因は、避難所への移動や避難所での生活などによる身体的・精神的疲労によるものが多いとされています。それに対し、宮城県と岩手県では、震災後1年以内に報告された災害関連死の原因は、地震と津波のストレスによる心身の負担がもっとも多くなっていました。
また、災害関連死の認定状況が福島県内の市町村によって異なっていることもわかりました。福島原発事故に伴う避難区域における災害関連死の認定率を調べると、双葉郡は75.9 %, 南相馬市は73.4 %、田村市は59.1 %、川又町は43.9 %といったように、地域によって大きな違いがあることがわかりました。また、避難区域において、災害関連死者数を人口で補正したところ、市町村の人口に関わらず、災害関連死者数に差がありました。この地域による差については、災害関連死亡認定の申請者の属性や、災害関連死認定方法に違いがある可能性が考えられます。認定方法については、全国的に統一された認定方法や基準はありません。認定状況の違いによって弔慰金制度の公平性が損なわれていないか、評価する必要があります。
日本では、災害の種類や状況によって、災害関連死の特徴が異なることが報告されています。震災については、東日本大震災では津波、低体温症、福島第一原発事故後の避難の影響が大きいと報告されています。それに対し、冬季に発生した阪神淡路大震災(1995年)ではインフルエンザの影響が報告され、新潟県中越地震(2004年)や熊本地震(2016年)では車中避難に伴う肺塞栓症の発生率が高いと報告されています。災害時の人口高齢化や車社会化など、社会状況に応じても変化するとの指摘もされています。そのため、統一的な認定基準を作るには解決すべき課題は多いのですが、科学的根拠に基づいた分析事例を積み重ねることで、効果的な災害関連死予防策につながる可能性があります。
【参考】
日本における災害関連死の課題
日本では被災者の人権を保障するために、様々な制度や政策が整備され、災害弔慰金制度はその中核的な要素を担っています。1995年の阪神・淡路大震災以降は、災害による直接的な死亡だけでなく、災害関連死についても災害弔慰金の対象となりました。しかし、現在の災害弔慰金制度の制度設計にはいくつか課題があると考えられます。
2011年の東日本大震災では、地震に伴い発生した福島第一原発事故によって、多くの住民が長期間の避難を余儀なくされました。2021年9月時点で、福島県の災害関連死は2329人であり、その影響は深刻でした。本研究グループは、福島第一原発事故以来、被災地での災害関連死に関する研究会を主催してきました。研究会の活動を通して、日本における災害関連死に関する問題や課題は、制度によって対処されているのか?という疑問が浮上しました。そこで、2022年2月に「災害関連死の本質:現場で感じる今後の課題」と題した災害関連死に関するオンラインシンポジウムを開催し、将来の災害への備えに向けた災害関連死に関連する問題と課題について議論を行いました。
シンポジウムの講師は、東日本大震災と福島第一原発事故の被災地でともに活動を続けてきた医療従事者と弁護士で構成されていました。議論の主なテーマは、放射線災害に伴う二次的健康影響と、日本における災害関連死が直面している制度的な問題でした。
まず、福島第一原発事故による二次的健康影響について議論が行われました。福島第一減原発事故による健康影響は、放射線被ばくの直接的影響と、避難指示の実施と解除を含む避難者を取り巻く環境の変化によって引き起こされたと報告されています。これらの二次的健康影響は多様であり、数日といった短期的なものだけではなく、数年以上に及ぶ長期的なものもありました。例えば、数日単位では、老人ホームや病院からの負荷の高い避難、避難所や自宅避難での劣悪な環境での生活、エコノミークラス症候群のような車での避難による深部静脈血栓症や肺塞栓症、災害後のストレスや投薬中止による高血圧による心臓病などに関連する死亡リスクの増加が挙げられます。月単位では、ライフスタイルの変化による生活習慣病の悪化や、心的外傷後ストレス障害、アルコール依存症、うつ病、自殺などの心理的影響による死亡リスクの上昇が報告されました。数年のスケールでは、社会環境の変化、介護保険サービスの変化、格差と貧困、差別と偏見、地域の高齢化と過疎化、長期避難の影響など、様々な社会的健康問題が考えられます。こうした災害後の健康影響は、必ずしも個人の行動だけに帰結するわけではありません。災害後、被災者を取りまく社会や周辺環境は頻繁に変化します。健康な若者であれば、こうした変化に適応しやすいのですが、障害者や高齢者など体が弱かったり特別な配慮を必要とする人々は、繰り返される環境変化に耐えられないことがあります。こうした人々は災害によって健康状態を悪化させやすく、災害関連死につながるのです。このような、頻繁な環境変化によって脆弱な人々が健康状態を悪化させることを、災害と関係があるかどうかにかかわらず、「揺さぶり」と呼びます。災害による健康影響は複数の要因から生じることも多く、多面的な視点から議論する必要があります。
次に、日本における災害関連死を防ぐためのシステムの問題について議論がなされました。災害による死亡を防ぐには、災害リスクを事前に特定、理解、管理、削減することが重要です。災害関連死を防ぐには、客観的な医療データと情報に基づいた災害医療対応が必要です。しかし、大規模な自然災害については、十分な医療データが得られていません。現在の日本では、災害関連死について医学的に妥当な分析を行うのが難しい状況です。その要因と考えられるのが、日本における災害関連死の定義、申請方法、認定方法の問題です。まず、弔慰金を基準とした日本の定義では、災害関連死の数を過大評価する可能性があります。また、申請方法について、遺族による認定審査の申請が必要であることがハードルになっていると考えられます。例えば、米国では、災害による死亡は死亡診断書に記載されますが、日本では災害による死亡であることは死亡診断書に書かれないため、申請手続きは遺族にとって大きな負担になることがあり、申請がされないことによって災害関連死の件数が過小評価されている可能性もあります。認定方法の問題については、災害関連死の認定に全国統一基準がなく、認定判断は各自治体に任せられているため、災害関連死の件数の過大評価や過小評価につながる可能性があります。認定基準は科学性を重視しつつ、より合理的なものにしていく必要があります。
今回のシンポジウムでは、災害に伴う健康影響を多面的にとらえる必要性と弔慰金制度の問題点が明らかになりました。今後の放射線災害における災害医療では、次の2点が重要と考えられます。
まずは、災害による健康影響を一般化することです。シンポジウムでは、「揺さぶり」という概念を紹介し、「揺さぶり」を「災害の有無にかかわらず、健康状態を悪化させる社会・生活環境の度重なる変化」と定義しました。例えば、災害ではなく一般診療の文脈では、高齢者が転居や入退院を繰り返すことで健康状態が悪化する状況などが挙げられます。災害では様々な社会・生活環境の変化が起こりやすく、「揺さぶり」による健康影響が顕著になります。「揺さぶり」という概念は、震災だけでなく、COVID-19パンデミックなど、様々な危機的状況に応用できます。度重なる感染の波が行動制限やロックダウンを招き、失業や医療資源のひっ迫を引き起こしました。就労形態や生活環境の変化、医療機関を受診する患者の行動の変化など、様々な変化が相次ぎ、人々の健康状態を悪化させる要因となりました。
次に、災害関連死に関連する制度の改善です。シンポジウムでは、日本の災害関連死にかかわる制度は将来の災害への備えのために作られたものではなく、遺族の救済を目的とした災害弔慰金制度の歴史的文脈で作られたものであることが報告されました。災害関連死を減らすためには、災害関連死について定量的な医学的分析を行う必要があります。しかし、日本の災害関連死の定義が災害弔慰金制度に基づいていることと、災害による死亡の診断基準がないことが、医学的データの蓄積を妨げています。そのため、日本における災害関連死に関わる制度を、次のように改善することが提案されました。ひとつは、現行の災害弔慰金制度を活用することです。具体的には、申請手続きの改善によって遺族の負担を軽減し、認定の有効性を高めるために一定の認定基準を設け、患者情報を統一した形式で収集することです。もうひとつは、現行とは異なるシステムを構築することです。具体的には、弔慰金とは別に死亡を医学的に診断し、その診断に基づいて支援金を申請するという2段階の制度とすることです。このように、日本の災害関連死を減らすために、災害関連死に関する有効な医療データを蓄積・分析できる制度的枠組みを確立する必要があります。
【参考】
【謝辞】
災害関連死の課題に取り組まれている関係者各位に深い敬意を表すとともに、今回の調査・シンポジウムにご協力頂いた方々に厚く御礼申し上げます。
記事作成:松本智紘